2015年1月2日金曜日

イタリア豪華客船 Coata Concordia 座礁事故

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●「座礁した伊クルーズ船の引き揚げ作業」をアニメーション解説


2013/09/16 に公開
イタリア中部ジリオ(Giglio)島沖で16日、昨年1月に座礁したクルーズ船「コ­スタ・コンコルディア(Costa Concordia)号」の引き揚げ作業が始まった。
この種の作業としては史上最大の­ものとなる。(c)AFP


●伊座礁船、解体施設への「最後の航海」へ Costa Concordia wreck leaves Giglio on final voyage

2014/07/23 に公開
2012年にイタリア中部ジリオ(Giglio)島沖で座礁した豪華客船コスタ・コン­コルディア(Costa Concordia)号(全長290メートル、重さ11万4500トン)が22日、ジ­ェノバ(Genoa)の解体施設に向けて最後の「航海」に出る。映像は、えい航を控え­ポジションについたコンコルディア号。(c)AFP


●コスタ・コンコルディア号の「最後の航海」 Costa Concordia operation continues

2014/07/27 に公開
2012年にイタリア中部ジリオ(Giglio)島沖で座礁した豪華客船コスタ・コン­コルディア(Costa Concordia)号(全長290メートル、重さ11万4500トン)が23日、ジ­ェノバ(Genoa)にある解体施設へ向けた「最後の航海」を開始した。27日にジェ­ノバ港に到着する。(c)AFP


●伊座礁船がジェノバの港に到着 Wrecked Costa Concordia enters Italian port to be scrapped

2014/07/27 に公開
2012年1月にイタリア中部ジリオ(Giglio)島沖で座礁した豪華客船コスタ・­コンコルディア(Costa Concordia)号が27日、解体作業が行われるジェノバ(Genoa)の港に到­着し、「最後の航海」を終えた。今後1年10か月をかけて解体され、船体の8割がリサ­イクルや再利用される予定。一連の撤去作業の費用は15億ユーロ(約2050億円)と­されている。(c)AFP



wikipedia 
 コスタ・コンコルディアの座礁事故(コスタ・コンコルディアのざしょうじこ)とは、2012年1月13日、コスタ・クルーズ所有のクルーズ客船コスタ・コンコルディアが、イタリアのジリオ島付近にある浅瀬で座礁し、浸水・転覆した海難事故である。




【事故の概要】

  2012年1月13日(金曜日)の午後9時42分頃(現地時間)、イタリアのチビタベッキア港を出港して同国サヴォナ港へ向かう予定の[1]コスタ・コンコルディアは、トスカーナ州沖合のジリオ島付近の浅瀬に乗り上げて座礁する。



事故が起きたのは、1912年4月14日に起きたタイタニック号の事故からちょうど100年目で、同じ客船の海難事故からも、事故をタイタニック号に例える乗客が少なくなかった。
 同船には、タイタニック号犠牲者の遺族も乗船していた。
 さらに、1月19日には、座礁当時、船のレストランでBGMとして映画タイタニックのセリーヌ・ディオンによる主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」が流れていたことがスイス人乗客により判明した。
 また、事故が起きた日は、ちょうど13日の金曜日であった。

 原因は不明ながら、地元イタリアの船乗りが陸の人に対して行う挨拶の風習である「インキーノ(inchino、お辞儀)」がジリオ島住民に対して恒例化していたことにあると声も挙がっている[2]。
 ジリオ島のオルテッリ市長によると、島付近を通るクルーズ船の多くは、サイレンを鳴らして島民に挨拶をしていたらしく、照明された船を陸地から見るのは素晴らしいショーであったということである。
 しかし、1月15日にこの発言を訂正し、
 「コスタ社の船長の中には、ジリオ島に住んでいる引退したかつての同僚たちに『敬意を払う』人もいるが、それが行われるのは常に『安全な条件』の場合だけだった」
と述べている[3]。

 船の航路は、全てチビタベッキア港を出港する前にコンピューターに設定されており、島へあれほど近づくはずはなく、船長が会社側に連絡せずに進路変更したとピア・ルイジ・フォッシ会長が1月16日に語った[4]。
 船長は、「同島出身の給仕長のために島に近づいた」と語った。
 給仕長は1月13日の夜に突然船長にデッキへ呼ばれ、「見ろ、君のジリオ島だよ」と言われたという[5]。
 給仕長が「島に近づきすぎている」と言った直後に事故が起こったという。
 また、ジリオ島在住の給仕長の妹が、
 「間もなく、コスタ・コンコルディアがとても近くを通過する」
 「サボナへ向かう私の兄に挨拶しなきゃ」
などとフェイスブックに綴っていたことも判明している。
 給仕長の父親は、
 「客船は毎週航行しているが、息子が島に船を近づけるように頼んだことは、今回を含めて一度もない」
とコメントした。
 給仕長は、事故原因が自分にあることを知り、ショックを受けていた[6]。

 後に船長が語った話によると、以前にも3、4回同ルートを通ったことがあり、今回は転進を指示するのが遅れたという。

 同船はイタリアのチビタベッキア発着の7日間西地中海クルーズの途中で、同国サヴォナ、フランスのマルセイユ、スペインのバルセロナ、パルマ・デ・マヨルカ、イタリアのカリアリ、イタリアのパレルモに寄港する予定[7]で、事故発生は出航日の夕食時である。

 その後、座礁から約1時間後に警報が鳴らされたが、乗組員はSOS海難信号を出していなかったことが明らかになっており、港の管制施設と船とが連絡をとったのも、地上オペレーターであった[8]。’
 また、携帯電話で警察に通報したのも乗客であった[9]。

 17時48分(UTC)レプブリカは、同船のスケッティーノ船長が、海図によると岩から300m離れていて安全上問題なかったと語っていることを発表する[10]。
 しかし、通常は、3〜5㎞ほど沖合を通っていたという[3]。

 同船には座礁時、イタリア人989人、ドイツ人569人、フランス人462人、スペイン人177人、アメリカ人126人、クロアチア人127人、ロシア人108人、オーストリア人74人、スイス人69人、イギリス人25人、オーストラリア人21人、アルゼンチン人17人、台湾人13人、カナダ人12人、中国人38人(うち香港から26人)、ポルトガル人11人、コロンビア人10人、チリ人10人、トルコ人9人および、日本人43人、その他を含む[1][11][12]3,276人(定員4,200人)の乗客と、約1,023人の乗組員[13][14]、
 合計4,299人が乗船している。

 日本人乗客の多くは団体旅行客で、ローマ日本大使館は乗船していた43人全員が無事であったと発表した。
 救出後の彼らはほぼ全員がローマ市内のホテルに滞在し[15]、1月17日にローマ発の航空便に乗って成田空港経由で帰国している[16]。

 同国のクリニ環境相は、コスタ・コンコルディアは、事故当時約2,380トンの燃料(ほぼ満タン[17])を積んでおり、漏れ出さないよう防護壁で覆っていることを明らかにした。
 しかし、1月16日には、すでに同船から何らかの液体が流出しており、ジリオ島周辺の環境が脅かされる可能性があり、政府は1月20日に非常事態宣言を発令した[17]。
 さらに、流出した場合に備え、除去作業を行う企業を待機させている。
 抜き取りには最低2週間かかる[17]。また、ダイバーによる捜索活動が終了しないと、抜き取り作業は始めることができない[18]。
 ジリオ島オルテッリ市長は、燃料抜き取りの重要性を強調した上で、環境や交通の面で、船を早く撤去してほしいと語った。
 同島は、海洋保護区に指定されており、夏の間は自然を楽しむ観光客で賑わう[19][20]。

 コスタ・コンコルディアには、総額4億500万ユーロの保険がかかっており、海難事故の保険金支払額としては史上最高の10億ドル(約767億円)に達する可能性がある。
 さらに、損害賠償、悪天候による被害の拡大、環境問題などにより、金額がさらに上がる可能性もあり、各保険会社は対応に当たっている[21]。

 1月19日には、アメリカのデジタルグローブが17日に、座礁したコスタ・コンコルディアを撮影した衛星写真が公開された[22]。

  同社は2010年にもエジプトのシャルム・エル・シェイクで乗員3名が死亡する事故を起こしている。

 また、2010年欧州ソブリン危機(ヨーロッパ経済危機)の最中に起こった今回の事故は、クルーズ船業界に多大な経済的ダメージを与える可能性がある[23]。


【引き上げ作業】

 2012年2月に、オランダの海洋サルベージ会社スミット社とイタリアのネリ社により、船体から重油を取り除く作業が始められ、5月に終了した[52]。

 島の沖合に横たわったままだった船体を引き起こす史上最大の作業は、現地時間で2013年9月16日午前8時(雷雨のため予定より2時間遅れた)に開始され、17日未明に完了した。
 このときに、船体が壊れ、有害物質の流出が懸念されていた。
 また、サルベージ会社は、「真っ二つになる可能性もある」とし、船内の燃料は抜き取られていたが、塗料用シンナー、殺虫剤、潤滑油など数千リットルの有害物質やチーズ、肉などの食料が残されており、失敗すれば、地中海の汚染は免れられなかった[53]。
 そのため、ジリオ島には、世界から約500人の専門家が集結した。

引き揚げ作業1

引き揚げ作業2

引き揚げ作業3

 船体の引き揚げ作業は、アメリカ・フロリダのタイタン・サルベージ社とイタリアの海洋工事会社ミコペリ社が請け負った[53]。
 引き揚げ計画のリーダーには、客船の持ち主であるコスタ・クルーズ社に雇われた南アフリカ人のフリーランス転覆船処理請負人、ニック・スローンが就任し[54]、チヴィタヴェッキア港を作業基地にして始められた。
 船体は65度傾いており、ケーソン(浮き箱)に海水を注入して、その重みを利用し、浮き箱ごとケーブルで引っ張り上げ、約19時間の時間をかけて慎重に起こされた[55]。

 水平になった船体は、2014年7月20日にケーソンを使って水に浮かせる作業に成功した。
 その後は引き船で近くのドックへ運び、解体される予定であるが、一連の撤去費用には15億ユーロ(約2070億円)が見込まれている[56]。
 建造時の予算は約650億円であるため、解体費用はこれを上回る。
 このクラスの巨大船の座礁を処理する場合、爆破処理した方が通常はコストがかからないが、この事故処理では有害物質の流出防止と行方不明者の捜索の必要があったため、引き揚げ作業が行われた[57]。
 なお、この史上最大の作戦は2014年6月16日放送の日本テレビ系列世界まる見え!テレビ特捜部でも放送された。



ロケットニュース24 2013年8月6日
http://rocketnews24.com/2013/08/06/356914/

【禁じられた映像】が公開 / 現場は禁止区域で撮影者は逮捕

●COSTA CONCORDIA | Team BlackSheep

2013/05/17 に公開

 2012年1月、豪華客船コスタ・コンコルディア号がイタリアのジリオ島付近で座礁事故を起こした。
 この事故により32名が死亡。
 事故後、船長が乗客より自身の脱出を優先し、その後も救助放棄とも言える不誠実な対応をしていたことに世界中から非難を浴びたことは記憶にも新しい。

 その座礁した巨大な船は、事故から1年以上経った今も事故現場に横たわっている。
 その船に関する「禁じられた映像」が Youtube にアップされ話題となっている。

●・座礁船を至近距離で撮影
 この映像は「チーム・ブラックシープ」という映像関係の会社が2013年5月に公開したものだ。
 同社は小型の無人飛行機を使い、事故現場を撮影。
 無人飛行機だからこそできる近距離での鮮明な映像を公開した。

●・座礁船の姿が鮮明に映し出される
 この映像を見ると事故現場には依然として、コスタ・コンコルディア号が事故当時のまま横たわっていることがわかる。
 現地では一日も早い撤去が求められているが、撤去時に海を汚染するのではという懸念もあるそうだ。

●・現場は撮影禁止区域
 なお、現場での撮影は禁止されているそうだ。
 チーム・ブラックシープが公開した映像は「禁じられた映像」であると言える。
 なぜ、禁止された撮影をわざわざ敢行したのだろうか。

●・撮影者は逮捕
 チーム・ブラックシープは動画について
 「私たちの目的は座礁船を今まで見たことがない角度から撮影することでした。
 私たちの考えと祈りは亡くなった方のもとにあります。
 一日も早く座礁船が撤去され、ジリオ島が元の美しさを取り戻すことを願っています」
とコメントしている。
 動画は8月になっても多くの人に視聴されているが、禁止区域で撮影を行ったチーム・ブラックシープの関係者は逮捕されたと伝えられている。

●・終わらない事故
 32名の尊い命を奪い、島民にも不安を与え続けているコスタ・コンコルディア号の事故。
 なお、乗組員や客船運営会社のスタッフら5名はすでに有罪判決がくだっているそうだ。
 元船長の公判は現在も継続中である。

参照元: YouTube、 GENTSIDE(フランス語)



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